音楽と人の感性との接点は、常に五感を通して接するアナログです。カートリッジを変え、盤面を清拭し、癒しを演出する音の世界を描写するのはやはりレコード……。しかし、耳は際限なく贅沢でよい音を求めるから試聴は危険な無間地獄の始まり……、と言った予感的中。ホームページの更新をしばらく休止している間に、カートリッジの大幅入れ替えとなりました。
ラインナップは、愛用のYAMAHA MC-1000の他、ortofon MC30S, ortofon MC20S, audio_technica AT33 VTG, および YAMAHA MC-3です。寿命が近づきつつあるMC-1000の後継機を探しておきたいという判断です。シェルには、サエクのアーム付属 ULS- 3Xと重さの近似したAT-LH 18 tecnihardを使用。予想外でしたがAT-LH18がほんの僅か重く、使用する全てのシェルとカートリッジのセットは、最も重いものとウェイトバランス0点が等しく釣りあうように、シェル背面に鉛板のバランサーを貼り付けています。
ヘッドシェルとの組み合わせですが、ortofon Sタイプはカートリッジ側に止めねじ溝が切られていて、カートリッジ側からシェルにねじ止めするタイプは使えません。注意書きが添付されていますが、MC20Sで失敗しました。いくら締めても片側が浮いてシェルと密着せず、やむを得ず浮く側のカートリッジのねじ溝を精密ヤスリで削り落しました。MC30SをセットしたULS-3Xも、シェル背面の指かけに止めねじ溝が切られていますが、シェルに切り込み空間があるので問題なし。この組み合わせ、切れと締まりは良いのですが、高域に鋭い硬さがでます。ULS-3X付属のリードワイヤーとの相性が悪いとみて、ortofon 7N-LW1と交換して解決しました。
70年代後半から80年代初頭、アナログ最後の全盛期、ディジタル台頭期と重なった頃のことです。試聴盤として、テラーク盤がもてはやされました。数枚の手持ちがあるはずと、チャイコフスキーのカテゴリー棚を探して2枚見つけました。
試聴盤は、レコード番号20 PC-2009 チャイコフスキー大序曲 1812年。言わずと知れた16発の咆吼が再生できるか? 邪推かも知れませんが、このテラーク盤の再生が、カートリッジの能力を語る判定材料にされたせいで、ハイコンプライアンスタイプのカートリッジが大いに隆盛したのかも知れません。
何度も体験済みのMC-1000は、1.2gの軽針圧で何事もなかったかのようにさらりと再生。デリカシーといい、響きの美しさといい、鋭い音は鋭く重い音は重くありのままに描写できる傑作です。ベリリウムの毒性のためか、それともコスト割れのためでしょうか、メンテも不可能となった今は惜しいというよりほかありません。
さて、MC30S。これは、MC20Sを入手して試聴の結果、惹かれるところはありながらも、物足りなさの方が大きく、もう1ランク上を入手したものです。正直な話、新品MC20Sを入手した当初の試聴結果は落胆が大きかった。ところが半月ほどで、艶やかな響きでクラシックの雰囲気を醸すようになり、エージングがかなり必要な機種であると納得。この上位機種なら、後継リファレンス足りうるかという期待がありました。
MC30Sのトレース能力、うーん残念ながら1812年は再生しきれません。音溝をトレースして曲は進行しますが、ぷっつんと針飛びします。出力が大きすぎてアンプがクリップするのではなく(0.5mVの出力を昇圧トランスを介してMM端子で受けている)、音切れがでます。最後にMC20S。残念、トレース能力はあまり高度とはいえません。完全に針飛びして、同じ音溝を繰り返し再生しました。
しかし、ortofon MC30Sをトレース能力だけで評価するのは酷でしょう。弦楽、管楽曲の響きは美しく、スピーカーの外側に広がる豊かな音場感と、MC20Sより遙かにスムーズに出る高音域は魅力的です。オールマイティでデリカシーに富んだMC-1000とは別な方向を目指しているようです。また、再生装置は5オームという低インピーダンスにマッチしたものではありません。あるいは、ortofonにあわせたセットで再生すれば、また違った表現をするのかもしれません。
結論として、トレース能力、音の美しさ、デリケートな表情から強音までの全てを豊かに表現する、永くなじんだMC-1000に軍配。まだ数か月しかつきあっておらず、使いこなしはこれからというortofon、音場表現力は、MC30S > MC20S > MC-1000となり、内面を豊かに表現するYAMAHAとは違う方向を目指しているようです。
18th Sep.'05