デリケートにして重厚、軽やかにして強靱、ダイナミックにして軽妙、変幻自在な音の再生と音場の創世。投資コストと、そこから得られる喜びの大きさを評価基準とした場合、間違いなくカートリッジはアナログオーディオの醍醐味をすべて包含しています。レコード盤に刻まれた、繊細にして深淵な芸術家の魂の内面まで、これを描きだす再生芸術の真骨頂はカートリッジに尽きます。この小さな宝石箱の魔力にとりつかれ、今夜もまた音の世界にはまっています。
次々とカートリッジメーカーが製造を終了する中、私のシステムでは相変わらずYAMAHA MC-1000が主座につき、これをを超える逸品を求めて遍歴しています。ORTOFON MC-20S、同MC-30S、さらにYAMAHA MC-3と求め、クラシックからボーカルまでジャンルを変えて聴き込んでいくと、それぞれ固有の美点は認めたものの、後継機としては力不足の感があります。YAMAHA MC-3の音質は、図太い中低域、程良い明るさと繊細感を伴い、楽しめる音です。しかし、MC- 1000の、内面を緻密に描写するのとは異なります。
自分のプアーなオーディオ歴を振り返りつつ、あこがれのイメージを追い求めていくと、アナログ絶頂期の逸品に深い思い入れがあるようです。そんな訳で、先日、またもいにしえの品を入手しました。四半世紀も前のこと、純A級 DENON PMA-970購入と同時期、DENONカートリッジのハイエンドがDL-305でした。乳白色パールカラーに淡く輝くカートリッジです。当時、先端素材として、アモルファス(非晶質)の特性が注目されていました。DL-305は、この先端技術であるアモルファスボロンをカンチレバーに採用し、小型のスタイラスチップと軽針圧、ハイコンプライアンスな新しいMCの音を追求した逸品でした。
発売当時、新製品試聴評価の、「高価だが、これだけリッチな音を、是非聴きたいもの。」 という一言が、今も妙に記憶に残っています。あれから四半世紀を経た今、それが私の手元にあります。
オークションで見つけたのですが、セールストークに曰く、「専門誌試聴用に仕上げられた貴重品です。大絶賛を浴びたカートリッジをこの機会にどうぞ入手してください。使用時間は僅少で50時間程度です。」 とあります。YAMAHA MC-1000の後継機として永く使うことになるかもしれず、オークション市場価としても高め落札しました。手元に届くなり、早速2つのプレーヤーを使って、Ortofon MC30Sと比較試聴しました。
響きの豊かさはOrtofon MC30Sと互角。中域は充実して高域に向かって細やかに分解して伸び、スピード感は中庸。低域はさほど伸びずに穏やかです。ボロンカンチレバーは、鋭角的なアタック音の描写も得意のようで、MC30Sのややソフトフォーカスな音質傾向に対して、DL-305は緊張感のあるクッキリ傾向です。Fバランスはやや高域寄りで、サ行が少し強調されます。
あるいは、当時のDENON PMA-970のような、ピラミッドバランスのアンプと組み合わせてベストマッチとなるのかも知れません。現用LUXM ANアンプのイクォライザーはかなり優秀ですが、高域寄りのバランス傾向ですから相性が良いとはいえません。
経験上、薄いヘッドシェルは、高域共振の一方で低域エネルギー伝達ロスにより、高域よりのバランスとなり、また共鳴周波数が高域オーディオ帯に影響して甲高くなったりするようです。私が、audio technica AT-LH 18 technihardを、巷で人気のSAEC ULS-3Xと同等かより高く評価しているのは、この欠陥が抑えられているからです。DL-305のおおよその素性はつかめました。第二のリファレンスとなり得るか、シェル周辺に手を入れてどう鳴らすか、これからが楽しみです。
22thJuly '06
今回の比較試聴では、Ortofo n MC30Sを取り付けたヘッドシェルは、SAEC ULS-3X、更に高域の硬さを、リードワイヤー交換で ortofon 7N-LW1として対策済み。一方、DL-305の方は、出品者の「専門誌試聴用に仕上げられた」という言葉を正しいものとして、そのままです。
アントレーのヘッドシェルといい、高級無酸素銅線なるリードワイヤーといい、セールストークはさまざまに語っています。あるいは、この組み合わせで、当時の優秀なプリアンプとの相性が良かったのかな、とも思いますが、どうも、当時の専門誌試聴用としてはお粗末にも見えます……。
「専門誌試聴用に仕上げられた」というDL-305