T-23 オーディオ評価、音と音響
 2016年が明けました。audio談議コーナーも残りスペース僅かとなり、老化で頭も硬化したか、思うことも少なくなりました、と、めったに更新しない言い訳です(汗)。

 audio機器評価とは?最近思うことは、聴力によるものではなく感性によるのだと。感性とは、体験によって積みあげられた五感すべての総合力か。きっかけは、昨年厄介な難病に罹ってしまい、副作用止むなしの治療で合併症が百花繚乱。わけてもショック体験は、聴力を失った突発性難聴でした。音体験の貴重さと同時に、聴力を失ってもaudio的感性は持続することを知りました。

 人は、なぜガラスを爪でひっかくとヤメテ〜となり、金属や硬質木材を叩くと小気味よい音に感じるのか?DNAの中に太古の記憶が刻まれていて、前者は祖先を脅かした凶暴な野獣の咆哮か、後者は防御の武器を打ち鳴らし鼓舞した遠い記憶なのか?聴力を失いかけて、SP音がヘッドホンレベルにしか聴こえないLP再生で、そんな事を考えました。

 Web時代、audio愛好家は同時に皆評論家となり得ます。しかし、その論調には屡々激しい思い込みによる発言もありで、私も例外とは申しません。audioと一括りしますが、その意味するところ聴き取る音と音響の違い、つまり、音が先にありきか音楽がありきか?それはリスナーの音と音楽・音響体験の源に繋がるような気がします。

 前章に続くテーマですが、audio評価ほど曖昧な感覚に依拠した行為は余りありません。楽器の一つ一つを分離再生して、高域に鋭いピークがあっても、『これこそHiFi再生だぁ〜』と喜び、あるいは音響は渾然一体、個々の楽器の分離よりもホールの空気感を再生して、『すばらしい!』と。またある者は、ガラスの破損する音や爆音など、所謂生活から生まれる雑音の類いを再生して、『リアルだぁ〜』と喜ぶ方まで。

 楽器や蓄音機等のアクースティック系音源と、電気増幅音も明らかに違います。ヴィンテージ愛好家は、いつかどこかでアクースティックな響きを擦り込まれたか。ある人は、爆音的ロックが初の音楽体験だったり、それが強烈なショックであり、精神的解放をもたらしたかも知れません。癒やしか、闘争的興奮を醸すか、ドーパミンかアドレナリンかの違いがあっても、何れも快い音であり音響であり、audio体験だったのでしょう。

 LP再生パーツ製作と取り組むようになり、同じパーツの評価がリスナーによって異なったり、中には自分の評価を完全無欠と信じるマニアックな主張も、このように個別的音体験によるトラウマに起因する、と考えると納得できます。また、多くのユーザーから、パーツのインプレッション、評価や体験が寄せられます。最上の褒め言葉は、『知らずに涙が流れました。』と、これは audio的感性の深奥に触れたと実感させられます。


 

 かつて在籍した職場で、屡々学生達の音楽関連サークル活動に触れる機会があって、アクースティク系では室内楽サークル、ブルーグラスサークル、一方ロック系サークルと、彼らの部室を訪問したり演奏を聴きました。その両者には、同じ音楽として括るには余りに異質で、音と音量と歪み、音と音楽の狭間を認識させられました。一般のaudio試聴記では再生特性や特長的な印象が語られ、それは、パーツ購入の参考となったりします。しかし、あるLP愛好家のシェルリード線試聴記シリーズでは、再生特性も音の傾向を客観的に把握すべきヒントも無く、ただ、リスナー自身の内部に潜む膨大な音体験のイリュージョンを語る音響エッセーでした。それは客観性を尊ぶ試聴記とは違って、リスナーと機器との葛藤であり共鳴であり、実に興味深く読みました。

 翻って自分の立ち位置となったパーツ製作では、納得できるまで素材や構造を試みて、あとはもう何も要らない、とただひたすら聴き惚れる時が試作完了です。登頂までの汗と、山頂に着いて見晴らすパノラマの絶景。さらに至福の時は、ユーザーから喜びのインプレが届いた時に完結です。画像で、最新モデルから順に時系列で並べました。上段はトップモデルZeusシリーズ、下段は何れもその技術的先駆けとなったモデルです。

 Zeus 2LC および Ver.2 は、同一素材の超高純度6N Silverですが、異なる導体構造によって違う一面を引きだしています。2LCは、二層構造導体によって輪郭鮮明な現代的HiFi表現、多本数編線構造のVer.2は、音の微粒子をちりばめて空間に溶けあうような音場ニュアンスが特長です。どちらかと云えば私の嗜好はVer.2の音場再生ですが、2LCが完成して以降、戸惑いを隠せません。2LCモデルはやっとたどり着いた頂きと感じますが、残念なことに再生性能とコストとは切り離せません。さらに、あと僅少数製作後の資材調達が見込めません。
                                                     04th. Jan '16