2002年、永く勤めた転勤を伴う生活に終止符をうちました。2年後、終(つい)の住まいと、念願の小さな専用ルームができてオーディオ趣味が再燃、”Audio談義”がスタートしたのはこのときです。

 オーディオ趣味とは、独善と自己陶酔の世界、それ故に喜びもまた深く、たかがオーディオされどオーディオの泥沼。思い返すと、オーディオに憑かれてから50年近くなりました。メイン・ソースは当初から変わらずアナログLPですが、近年は価格高騰著しく、なまなかなサラリーマンの趣味から遠のいてしまいました。

 いつの頃からか、佳いオーディオ趣味とは高額装置を所有することであるようなメーカーとショップの営業姿勢、それに乗せられるユーザー心理とが、オーディオ趣味がマニアックなオタク趣味と見られ、肩身の狭い雰囲気となっています。

 そう見られても反論できない後ろめたさがあります。自分が辿ってきたオーディオは、広範なファンの広がりがあってイージーな趣味の時代でも、やはり妻の犠牲の上に成り立っていました。しかも、音響趣味なるもの、人の好みと快さという主観的な感覚でしかありませんから、共通の感性がない限り理解を得るのも難しい。

  音響の不思議な魔力にとらわれ、快い音響イリュージョンに身を任せて浸りきる至福の桃源郷、この贅沢な喜び。一度踏み込むと、さらなる高みへと犠牲を増大させる泥沼、天国と地獄を併せもつ趣味……。

 遠い昔、オーディオ熱発症まもない頃、ショップのハイエンド試聴室で、偶然 TANNOY Westminster の音に身を包まれた体験があります。あれは別世界のイリュージョンだったのか? 最近のオーディオ機器でそんな体験をすることは極めてまれで、価格だけは驚愕体験となったりします?

 人と音楽の接点で、オーディオは進化していない。人を置き去りにしてオーディオ機器だけが進化している感があります。オーディオの衰退は、再生音響に携わる企業、技術者、そしてオーディオ道案内Conductorの力量不足かもしれません。

 2011年現在、少しは人に伝えたいこともあります。オーディオとは高額機器を弄る趣味ではなく、感性を養うことなんだ。快く音楽を聴くために使いこなしを知ること、工夫も工作もいとわないこと、これがPoorman's Audio の王道だと……。
                                          2011.12.14


 まずは目次へとお進みいただきます。泥沼に嵌まる前に退出する選択肢もございます。