正射追求の重要なファクターとして、射技と的中の理は究極的には力学の世界であることを主張します。人体の場合、骨格と関節と筋をどのように効率的(理にかなった)使い方をすべきか、初心者を惑わす「大きく引く」という意味を、力学的に考察します。
「大きく引く」と言うことの本旨は、@いかにして射手の矢束一杯に引き、射手の最大の矢束で会を形成するか、即ち、A弓に最大の反発力を与えるために、引き分けのあるべき形を言い換えています。さらに、Bどうすれば、それを最小の力で最も効率的に行えるか、ということです。
物理学でベクトルを習いますが、最も効率的に働く力の方向は180度、即ち一直線です。引分けで、矢筋と違った方向に働く力のベクトルは分散します。真っ直ぐ矢筋方向に力を働かすことが最も効率的です。引分けの過程では、常にこのことを意識すべきです。
引分けは、両腕をできるだけ大きく左右に開く動作です。いかにして、両腕の肩から肘そして手首までを最も力強く開くか、力学的にみて、両肩関節を支点として筋力を最大に働かせるにはどうすべきかを考えます。実験します。
@力まず自然体で、両腕を前上方45度程度の位置にあげます。
Aその両腕を、引分けの既存イメージを持たず、船こぎの要領で強く力を込めて肘を張りつつゆっくり引き
つけます。この時、どうすれば最も強く力を込められるか、肘がしっかりと収まる位置はどこか、その時の
両腕上腕の動きと軌跡を確認します。
Bまず、押手肩の位置はほとんど不動です。勝手の甲は上向き水平、またはやや外向きで、肘は肩より
やや後下方に収まります。その形は「完成した会」の形に相似しています。ただ、矢をつがえた口割りを
意識しないだけ、肘の位置は幾分低くなっているかも知れません。
引分けとは、以上の実験動作に矢を番えてよりスムーズになるよう変形したものです。何も持っていない筋骨の自由な動きに、弓の反発力が加わっているだけです。「大きく引け」というのは、両肘の張りがなく、身体の前方で肘が止まるような縮こまった会を避けることを指しています。弓に負けて縮むと、肘は肩の前下方に落ちて矢束は小さくなり、ここから会の伸びは決して生まれません。
「大きく引け」という言葉に惑わされて、大三の取り方に悩む方も多いようです。大きくを形而的にとらえて、身体から前方遠く離した位置だという誤解も生じます。形だけを大きくすることと誤解して、無駄な力で射をだめにすることが多々あります。
私自身も、かつてある講習会の指導で、「このように大きく」と、打ち起こしを高く前方にとって、そこから肘の位置を崩さず大三に移行する射を経験しました。今は、それが指導者の誤りであると断言できます。大三を身体から遠く高くとることは、力学的に引分けに要する力のベクトルを分散させ不合理です。身体に近く、やや高目が正解です。
大三では、「正射のイメージ」で解説した勝手の肘を吊る感じが必要です。打ち起こしの位置から、カクンと肘だけを折ったのでは、手先は高くとも勝手全体としては低くなります。そのまま引き分けると、筋骨の力が働く方向として、肩より前下方で肘は小さく収まってしまいます。これを避けて形を整えようとすると、引き分け時に肘の方向を修正しつつ、ぎくしゃくとした動きが生じます。力学的には、力のベクトルと方向が一致しないことを意味し、本来会に蓄えられるはずの力をロスします。
人の体型は、首が長い人、肩が張った人、なで肩の人などいろいろです。自分にとって最も力を発揮できる打起しの位置も、45度を基準に微妙に違います。最も効率的に力を発揮する形を知る上で、先の実験の意味は貴重です。練習によって筋力がついてくると、実験結果も変わるでしょう。最後にもう一度、弓は力学を無視しては成功しません。