引き分けの力をロスせずに、いかに有効に矢束方向に働かせるか。前節で述べた「大きな引分け」のためには、身体各部をどのように組みあわせ機能させ、最大ベクトル合成をなすべきか。実際にフォームを示しながらの説明ではなく、言葉だけで何処まで表現できるかいささか心許ないものです。射の運行を体感した者だけが、理解できる話になるかもしれません。これは長い体験を通じて学んだ自説ですが、多分射法として既に完成していることを力学的に説明するにすぎません。

  弓道は礼に始まり礼に終わるという教えが災いして、指導者の教えを無批判に受け入れざるを得ない初心者に、まことしやかに非合理な射法を押しつけるケースを目にすることがあります。それによって、才能ある弓引きが原石のまま朽ち、また長い迷い道を歩むことも多いのです。弓道を志す者の多くが、居住地周辺の道場で教えを乞うことが一般的ですから、そこに達人がいるか、優れた指導者がいるかどうかは、弓道人として成長と運命を大きく左右します。

 私の場合、初心の頃から中級の入り口までは指導者に恵まれていたとはいえません。後に、師匠に出会って目から鱗の落ちるような覚醒をいただきました。師匠は、すばらしい射を体現することが出来、しかも押しつけることなく成長を促す指導で、射の道の楽しみへと導く方でした。

 私に対する教えは、「なぜそうするのですか?」、「なぜそうするのか考えたことがありますか?」と、一つ一つの射法動作の理由を尋ね、射の理を考えるよう仕向けました。私の試みがたとえ誤っていても、理にかなった考えであれば、矯めることなくそのまま続けさせました。最近その理由が分かりました。弓の道は、自ら「なぜ?」を発し、試行し、体現する過程を通じて上達するようです。

  当時、私は20kgを超える弓を無理して引いていました。若さで引けたのでしょうが、勝手の肘が肩後に回り込むまで必死に引き込んで止め、押手切りの小離れで当てようとしていました。伸びあいのない、弓力にたよる射法でした。師匠に尋ねられました。「いま、何を考えて引いているのですか?」「精一杯、引ききれるだけ引こうとしています。」「では、会とは何ですか?」「??」とっさに師匠が問わんとする流れが飲み込めないながら、「会とは永遠の引き分け、と教本にあります。」と答えました。

 師匠は、胸から割れることを知らない伸びあいのない私の射を矯めようとしたのでしょう。しかし、少し間があって「いいでしょう。」と、その射法を黙認しました。精一杯引く中で、いつかその意味を悟るかと……。しかし、悟りのないまま時は過ぎました。この冬、肩の手術からの再スタートとなったこともあって、中央の道場に通いました。初心に還って指導を受け、多くの課題に気づかされました。春からは、別の道場で、人手不足の事情から久しぶりに初心者教室の指導を引き受けました。

  初心者には、多少の射形の乱れは気にせず、「精一杯引け、大きく引け」 と教えるのが私流です。基本の所作と、大きく何処までも引く心構えを教えて、後は眺めています。ところが、昨年まで指導されていた高段の方がひょっこり参加され、肘を止め小さくて美しげな射に改めようとします。初心者に二つの教えは禁物です。指導者にはそれなりの努力と責任がありますから、これまで異なる教えを封印していました。しかし今回は、礼に反しますが、その場で高段の方の教えを否定しました。その折のテーマとは……。

 本題です。テーマは、引分けです。引分けに係わる身体各部として、まず左右両腕の肩関節、上腕、肘、前腕、手首、さらに左右の手の内、背筋、胸筋のかみ合わせと動き、筋力の働きです。 これらが最もスムーズにかみ合い、筋力を無駄なく働かせるフォームと運行のあり方は、多くの流派によって既に射法として完成しているはずです。伝書では、それは多少眩惑的な表現で装飾されていますが、多分、力学原理と合致しているに違いありません。以下、再度前章と読み合わせてイメージしていただきます。

@ベクトルを分散させない: 勝手の運行と力の方向は、前腕から手首、手の内までの中心軸に沿ったライン上に働かせること。引き分けの過程で、前腕は上腕筋と他の筋に引かれて、中心軸が横ぶれせずに運行すること。その要点として、大三の取り方に留意しなければなりません。

A大三のあるべき構え: 大三とは『おしだいもくひけさんぶいち』を縮めた表現で、引き分ける力配分は押手に大きく、矢束の1/3程引き分けた形です。打起しから大三への勝手の運行は重要で、拇指を軸として勝手全体を内転しつつ肘をつりあげ、大きな引分けの可能性をもった形 ←♀フ を完成します。打ち起こしの位置からカクンと肘だけを折った形 ←♀> では、手先は高くとも勝手肘は低く、ここから前腕の中心軸にそって引けば、会の完成時に肘はかなり下がります。これを避けようと、引分け過程で肘を上下させて収まる方向を探るのと引分けのパワーをロスし、肩と肘の二つの支点が変動します。支点の変動は、離れと残心に影響します。

B力を支える支点は不動: 引き分け時の支点は両肩にあり、肩関節を据える。特に押手は、離れの反動にも耐えて肩が浮かないよう、肩根を内転させるように据えて安定させます。

 「大きく引く」という意味を前節に重ねて、再度、引分けの行程を力学的に解析し、望ましいフォームを考察しました。引分けは、力学的に理にかなった(パワーロスの少ない)引き方であると同時に、その終局として『離れを孕む会』を形成します。そのためには、勝手の手の内の外側に働く力、肘の働き、胸から肩に向かって外側に働く果断ない力の発露が必要です。押手は見ながら修正可能ですが、勝手の運行を自分自身で見るのは困難ですから難しい。最近はヴィデオが師の代わりを勤めます。