近頃、引分けの腕と肩のスムーズな動き、会での弓との一体感をほとんど得られず、射の肉体的限界を感じ始めました。いったん障碍し、メスを入れた筋肉は決して万全には元に戻らない。それを未然に防止するメッセージとして、自己反省を込めて一話を追加します。

 弓道を長年続けて、全く肩腕の障碍を体験していない方は少ない。しかし、障碍は必ずしも長い弓暦がなくとも発生している。数年前、大学弓道部の学生たちの中に、痛みに堪えながら引く姿を見かけて訊ねると、実に多くの学生が障碍を訴えていることに驚いた。私は指導する立場にないが、肉体の生理に立脚した指導より、射道の理念と禪哲学の影響による、肉体生理を超える無理な努力を強いているのでは、と思うことがある。

 弓の上達に秘訣はなく、毎日の修練の積み重ねしかないが、間違えた考え方とやり方で身につけると上達が止まったり、後で矯めるのに苦労する。人の精神とは弱いもので、悪しき誘惑には勝てない。どうしても、的にとらわれ、中りにとらわれる妄想は射の進歩を止め、我流を生む。だから、一人稽古を慎み指導者の下で修練せよと云うのは正しい。しかし、間違った指導で肉体を疵つけることはないのか?

 腱腕の障碍多発の背景には、近年普及した高弾性を秘めるグラスやカーボン弓にも一因がありそうだ。離れの瞬間、押手に掛かる負荷は、かつての竹弓より遙かに強い。肩痛を考慮して14kgのカーボン弓を引こうとして気づいた。離れで肩と肘にかかるショックは予想以上で、引分けが辛いものの16kgの竹弓の方が遙かに優しい。
 
 更に一つの危険がある。弓引きは、ある段階で強弓の誘惑にとらわれる。WebサイトやMixiの弓友にも多く、弦音と的中音が同時に発する射の魅力、限界ぎりぎりで伸びあう射の魅力に負けて、無理して体を痛めはしないかと心配することがある。これも一因であることは間違いない。筋肉の生理とリハビリの要点について、2005年3月のBBSでの質問に対する回答を引用して、注意喚起しておきたい。

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 押手肩の障碍ですね。まだ肩関節内部の障碍には至っていないようで何よりです。会の伸び合いで肩関節に圧痛が走るようになったら要注意です。(実際の所肩には脚のような関節はなく、健によってつながっていますから、健の損傷による痛みが関節内部の擦れ合う痛みとして感じます。) その場合、対処策は休養より他にありません。

 文面から察して軽度の障碍の兆候はあるようですが、射形を変えるときには使わなかった筋に負担がかかり、筋肉疲労と血行障害による鬱血状態、いわゆる肩こりですが、その段階であろうと思われます。

 あらゆる筋肉に共通で、酷使された筋肉内ではエネルギー源であるグリコーゲンが消費され、乳酸が蓄積します。乳酸の蓄積と、それを解消するメカニズムは以下の通りです。

 通常体液中にはイオン状態のCl,K,Ca,Mg,等が存在して、それらの浸透圧が等しくなるように体液は組織間を移動して、全身は同じPHと同じ浸透圧となる点で均衡しています。どこかにPH変化が起きると(イオンの不均衡即ち乳酸蓄積等)濃度の薄い方から濃い所へと、たとえば血管内→細胞間質→細胞内、またはこの逆の流れで水分とイオン状態のミネラル質が移動して、再び全身の浸透圧バランスをとり戻します。

 このとき酸素交換や、グリコーゲン、タンパク質等も移動します。ところがこの流れは、過剰な負荷や傷害によって炎症が生じると、リンパ球やフィブリノーゲン等の滲出と硬化によって血行が阻害され、速やかな回復(部移間の浸透圧とPHの均衡)が不能となります。これが、いわゆる”こり”の状態です。

 軽度の場合はマッサージによる外部からの物理刺激で、血管内→細胞間質→細胞内またはこの逆の流れで、水分とイオン状態のミネラル質の移動と再均衡が可能です。激しいスポーツ中に”イオンサプライ”をとるのは、この浸透圧調整に役立つからです。練習後は、首から肩、上腕にかけて入念にマッサージ。これを欠かさず励行すること。さらに、弓力荷重が筋力を上回っていると推定できますから、2kg程度弱弓に変えてみることもお勧めします。

 私自身も、しばらく引いていなかった18〜19kgの弓を引いて、肩板(肩の上部から上腕の上端につく筋肉末端の健)痛を再発しました。炎症を起こした筋肉内にはエネルギー源となるグリコゲンはなく、体液の流れが止まって、炎症性の滲出物も貯留していますから、この状態で無理をすると筋肉がダメージを受けます。手元に強弓を置くとまたやりかねないと、師匠に進呈したりして処分し、16kg以下の弓しか引けない環境としました。