前稿で、射を失敗させるのは、勝敗へのこだわりと的中へのこだわりであること、そして修練を積み上げて的中の確信が生じ、いざの場での理的プレッシャーを回避する平常心につながると述べました。射会後の反省会で、弓友との酒談義の折りに競射時の戦略が話題になりました。今回は、これまでの射技とは違った、競射における心理的な側面を述べてみたいと思います。

 9中後の10射目は、極めて大きなプレッシャーとなると述べましたが、私の弓友は射数の多い試合では6本目あたりで先に抜くことで、かえってその後リラックスして高い的中を得られるという秘伝を披露していました。確かに、緊張の持続を強いられる多くの試合の場で、皆中はまれなことで、より高い的中をあげることが求められる訳ですから、一理あります。

 平常心が射の成功に結びつくなら、試合に臨んで相手にプレッシャーを与えることも戦略のうちかも知れません(笑)。もちろん、それがフェアな手段であることが前提です。師匠の話ですが、学生時代は総髪を束ねていたそうで、理由は相手に与える威圧をねらっていたとか(笑)。もちろん高い的中が前提で、その上でライバルの平常心に動揺を与える要素として納得できます。

 何より、射場で一目おかれるのは、鋭い的中です。皆中が続く相手には、プレッシャーを感じるものです。射形もしかり、あいてに軽く見られると、余裕を与えリラックスさせてしまいます。弦音もまた、相手にプレッシャーを与えます。鋭く冴えた弦音を聞かされると、一瞬「おぬし、やるな」となります。もし指導者の射が、ペシャン、なんて音だと……、そんな方にあれこれ言われても、あまり重く受け止められませんね。

 ですから、夏は麻弦、冬は合成弦を使います。理由は、麻弦の性質上、弾性が低く伸びないので弦音が出やすく、高温時の弦伸びも合成弦に比べて小さいからです。結果として、矢速を高める利点があります。しかし、気温の低い冬期間は弦切れが生じやすく、この点、合成弦のリスクは小さく、また、気温が低いと弦伸びという夏期間に不利な要素も小さくなります。

 弦は細いほど、高く澄んだ弦音が出ます。ただし、手の内が完成していることが条件です。手の内が未熟のうちは、弦上がりのリスクが高くなりますから、試合で適用すべきではありません。せいぜい審査の機会や、祝射会等で応用すべきでしょう。20Kgの弓で1匁8分くらいが標準でしょうか、しかし、コスト面から年中太い合成弦を使用する方が増えているようです。使い分けを覚えると、いろいろな有利性があるように思われます。
 
 ただ、美しく冴えた弦音は、手の内の働きと弓の張力、弦の張り高、さらに弓の良否が関係します。これらが揃うと、当然的中もあがることになります。ごく最近になって、数年絶えていた弦音が聞けるようになりつつあって、練習にも気合いがのるようになってきました。

 弦音に関して少し考察します。冴えた弦音を生じるには、弓をできるだけ手の内の点で受け、その支点で弓がしっかり保持されねばなりません。これは弦楽器をイメージすると解りやすく、音源(振動体)はしっかり支点に固定されていなければならず、支点がぶれると振動は吸収されます。

 弦音とは、弦が元の位置に戻る音と関板に当たって生じる振動音(さらに弓返りの音)が、周囲の空気と共鳴し、射場の壁や天井の反射で増幅されたものです。弦音を構成するこれらの混合音のうち、高音部(短い波長)はエネルギーが小さく吸収されやすいので、いわゆるベタ押しでは支点が面ですから高域振動は吸収され、エネルギーの強い低域打音だけが残ってバシャという感じになります。また、一瞬手の内を緩める手の内では、支点が失われて振動(音)自体が弓の自由運動で吸収されて減衰し、ヒュンという弱音になります。

 冴えた弦音は、鍛えられた手の内と鋭い離れから生じます。親指の付け根(虎口)だけで接し、かつ、離れの瞬間の角見(反射的な伸びと締まり)が効くと、音は吸収されず高音振動も減衰せずに反射されます。鋭い弓返りで弦は脈所の外側に触れ、余韻は短くキュンまたはタンッとなります。