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2007年8月13日
お母さん ありがとう
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 私の名前は、正教(まさのり)ですが、この字を見てよく言われるのです 「正しく教える、まさに教師になるために生まれてきたような字ですね」 そのたびに、私は訂正するのです。 「それは違うのです。正教の正は、仲島家では長男がみな正がついていたのでそうなり、教は、私の母方のおばあちゃんの教子という名前の教をもらったのです。」
 私の母からは、「教おばあちゃんはとっても優しくていいおばあちゃんだったのよ」といつも聞かされていましたが、教おばあちゃんは、私が生まれる前に59才ですでに亡くなっていましたので、どんなおばあちゃんだったかは全く知リませんでした。
 
 そんな中、先日、NPO法人国際エンゼル協会発行の「お母さん ありがとう」 という本に私の母が文を寄せたというので、その本を読ませてもらいました。すると、今までほとんど知らなかった教おばあちゃんのことが書いてありました。 以下はその一部です。
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・
 私の育った家庭は、いつも静かで穏やかな雰囲気でした。母は父によく仕えていましたし、父も母を大切にし、温かく接していました。父と母が言い争っている姿などは、目にしたことは全くありませんでした。
 私にも両親とも優しく話しかけてくれて、叱られたり小言など言われたことはありませんでしたし、私もおとなしくて叱られるようなことはしない子でした。両親からは口ぐせのように「よい子だ」「かしこいね」と言われて、私自身は「そうかな」「これでいいのだ」と、両親の言葉にいつも安心して過ごしていました。
 「ほめ育て」という教えがありますが、私は両親からずっとほめて育ててもらったのです。後年、家庭を持ち二人の子の親になってからは、このほめ育てを、両親から受けたように気長にゆったりとはできませんでしたが、何とかそれに近い育て方を心掛けて、二人の子を育てました。
 母は明治時代の女子教育を受けた女性ですが、現代の教育に比べると、人生に必要な基礎知識や技能を確実に体得できる指導をされた、とても優れた教育だったと思います。
 母の名前は教子と書いて「おしえこ」と読みますが、その名前の通り、私は母から数々のことを教えてもらいました。それもごく自然に私が興味や関心を持った時や、疑問を持って尋ねた時に、要点をしっかり説明してくれたり、よいヒントを話して、自分で解決できるようにして、無理に覚えさせるとか、教え込むようなことはありませんでした。・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
 戦争も終わり静かな世の中になりましたが、生活は貧しく毎日辛く苦しい日が続きました。でも母は愚痴一つ言わず明るく過ごしていました。そんなある日私に 「あなたはしっかりしているからきっと幸せな人生が送れる。早くよい時代になるといいのに」 と言いました。私は何気なく聞き流したのですが、それから数日後に病気になり亡くなりました。まるで遺言のように私への励ましの言葉を残してくれたのです。私はこの言葉のおかげでか、少々の辛いことがあっても、くよくよせず、いつも前向きに考えて生きていくことができました。母にも欠点や弱点は多くあり、ごく普通の女性だったと思うのですが、私にとっては優しかった良いところしか記憶になく、今も娘として感謝の心ばかりです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
 この文を読んで、私は教おばあちゃんのことを初めて知りました。そしてそれが私の母親の姿にダブって見えることにも気づいたのです。私は子どもの頃からよくほめてもらったし、ずっと信じてもらえていたという印象があるのです。
 今の私の姿からは信じられないかもしれませんが、小学校時代私はおとなしくて発表もあまりしない子でした。先生からは「もっと発表しなさい」と言われ、懇談会でも母はそう言われていたと思います。でも母は「それでいいよ。あなたは大丈夫」って私にいつも言ってくれていました。

 
 その母が、今日83才の誕生日を迎えます。 
お母さん、ありがとう。そして、いつまでも元気でいてください。 息子より

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Posted by naka602 at 12:03 | TrackBack (0)
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