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2019年6月2日
まぁ いいか
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今朝の新聞に「アンガーマネジメント」の記事が載っていました。私たちを怒らせるものは「こうあるべきだ」と信じている自分の理想と現実のギャップであり、その出来事を自分の価値観をもとに意味づけし「許せない」と感じた時に怒りが生まれる。
同じような出来事でも、怒る人もいれば怒らない人もいる。その人の価値観によって「許せる」「まあ許せる」「許せない」という3分類があり、怒りやすい人ほど「まあ許せる」のゾーンが狭い。


22年前の学級通信にこんなことを書いていました。
途中からですが、

・・「ごめん、先生がちゃんと言ってなかったらから・・」とみんなに謝ると
「え〜」という声もありましたが、中に
「うん、いいよ。それくらい大丈夫」という声があがりました。するとまた
何人かが「うん、いいよ」と言ってくれ、全体が「うん、いいよ」の雰囲気に
なりました。先生は何か申し訳ない気持ちと同時に嬉しい気持ちになりました。
 少し前のことでした。Yさんが机の横を通った時にF君に当たってしまい、
「あ、F君ごめん」と言うとF君は「うん、いいよ」と言って少しニコッと
しました。するとYさんの顔もニコッとなりました。そこに温かい空気が流れ
ました。
 教室の机の間は狭いので、時々体がぶつかったり、本を落としてしまうことが
あります。そんな時「痛いな!」とか「拾え!」などと怒って言う人がいます。
そんな時、冷たい空気が流れてしまいます。
「うん、いいよ」の言葉には、何か優しさというか温かさというか、そんなもの
が含まれているような気がします。何でもかんでも「うん、いいよ」では済ます
ことは出来ないでしょうが、この「うん、いいよ」は大切にしたい言葉だなあと
思います。 (高須南小4年1組学級通信5月7日号より)


それ以後、教室はなんとなく柔らかい雰囲気になっていきました。
同時に私も「まあこれくらいいいか」という教師になっていきました。


今の社会や学校は
「まあ許せる」のゾーンが本当に狭くなっています。
だから暮らしにくいし、ギスギスしているのだと思います。
もう少しそのゾーンを広くしたいものです。



私もこれまでの人生で数々の失敗やミスをしてきました。
学級担任としてのミスもたくさんありました。
でもそんな時「うん、いいよ」「まあ、いいか」と許してくれた子どもたち、
そして保護者のみなさんに助けられて、私はここまで来れました。
今思い出しても「本当にすみませんでした」と謝りたい保護者もいます。
でもずっと支えていただきました。
なんて私は幸せ者なのでしょう。


そんな「うん、いいよ」「まあ、いいか」
と許してくれた子どもたち、保護者の方から
誕生日メッセージが届きました。
今日で63歳になりました。
その御恩を忘れずにこれからも頑張っていきたいと思います。
本当にありがとうございました。




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Posted by naka602 at 10:20 | TrackBack (0)
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