欠けたものの行方(3)

 イシリアンへ向かって歩き出した俺達は、夜、村の宿屋に泊まった。村の中ならオークに襲われる心配もなく安全だから本当は野宿でもいいと思っていたが、村の見張りに見つかってしまい、執政の子が木の下で寝るなどとんでもないことだと、宿屋まで連れてこられた。もうかなり遅い時間なのに、食堂に入るとすぐに暖かいパンやスープなどが運ばれた。

「ボロミア、食べてもいい」
「いいよ、好きなだけ食べろ。お金もちゃんと持ってきている」
「よかった。今日は固いパンしか食べられないと思った。兄上、なんであんな固いパンばかり持ってきたのですか?」
「何日も前から袋に入れておいたから古くなってしまった」
「食料は一番最後に用意するものですよ。そうすれば新しいパンが食べられるのに・・・」
「うるさい、旅の途中は固くなったパンでも貴重な食料だ。いちいち文句を言うな」
「はい」

食事を食べ終わると、すぐに部屋に行き、ベッドにもぐった。

「ボロミア、そっちのベッドに入ってもいい?」
「おい、ベッドは4つも置いてあるだろう。一緒に寝たら窮屈だよ」

そう言ってもファラミアは勝手に俺の隣に入り込んでくる。

「やっぱりボロミアは大きいね。昔は同じベッドで一緒に寝られたのに、これじゃあ窮屈だね」
「だから言っただろう」
「でもいいよ。一緒に寝るよ」
「まったく・・・お前今いくつだ・・・いつまでも俺にくっついてばかりいて・・・俺は訓練所を卒業したら軍隊に入るつもりだ。いつまでもお前のそばにばかりはいられない」
「わかっているよ、でも今日はいいでしょ?こんなことめったにないんだから」
「しょうがないな・・・」

俺はファラミアを抱きしめ、柔らかな髪をなでた。口ではいろいろ言っているが、本当は弟が纏わりついてくるのがうれしくてたまらなかった。



 宿屋に一晩泊まり、僕達は朝早くから歩き出した。村を出ると、道は森の中に続いていた。きのうはところどころに草があるだけの場所を通ってきて、風が強く、道も固かったが、今日通る道は土が柔らかくて歩きやすい。鳥の鳴く声なども聞こえ、気分よく歩けた。足もそれほど痛くはない。遠くからまた3人の足音が聞こえる。僕達には決して姿が見えないところを歩いているのに、見失うこともなく同じ距離を保ってついてくる。こうして守ってくれる人がいるのだから、安心して歩くことができた。お昼にはボロミアの持ってきた固いパンを食べた。パンなんて、何日も前から袋に入れて用意しておく物ではないと思ったが、それを言うと怒られそうなので、黙って食べた。

「おい、ファラミア、さっきから何をにやにやしている」
「なんでもないよ。ただボロミアらしいなーと思って」
「何が?」
「ボロミアはやっぱりボロミアだね」
「何わけのわからないこと言っている!俺がいないと何もできないくせに・・・」



 夕方近くになってやっとイシリアンにたどり着いた。見張りをしているのは俺よりもはるかに年下、ファラミアより少し大きいかぐらいの子供であった。

「そこの二人、イシリアンになんの用だ!」
「お前こそなんだ。こんな子供が見張りをしていて大丈夫なのか」
「大丈夫かどうか試してみるか?お前は相当自信がありそうだな。弓矢と剣、どっちが得意だ」
「剣でいい」
「ボロミア、何をするの・・・」
「ボロミア・・・執政家の・・・」
「そうだ、俺は執政家のボロミアだ。名前ぐらい聞いたことあるだろう?勝負はやめておくか」
「執政家の人間にけがなどさせたら俺の命が危ない」
「そういう心配はしなくていい。まあお前ならけがをさせるどころか俺に触れることもできないだろうけど・・・」
「いいんだな、じゃあこの棒で勝負しよう」

彼は俺たちを少し広い場所まで案内した。

「やい、そこのちび、けがをしないように少し離れた場所で見ていろ」
「弟の名前はファラミアだ。いい加減な呼び方をするな。お前の名前は」
「マルディル、年は15だ」
「俺と同じ年か・・・」

俺たちはそれぞれ構えた。俺は今までこういう勝負では負けたことがなかった。まして相手は俺よりもずっと体が小さい、簡単に勝負はつくはずであった。構え方もきちんと型にはまっていない自己流で、正式な訓練は受けていそうもない・・・だが・・・全くすきがない・・・俺がいくら打ち込もうとしてもうまくかわしてしまう・・・俺の動きを読んでいる・・・しまった・・・ちくしょう・・・またやられた・・・なぜこいつには触れることもできない・・・うわー

「これぐらいでやめておくか」
「弟が泣きそうな顔をしている。今日はここまででいい。お前、どこでここまで腕を磨いた」
「12の時からここで暮らしている。14の時初めてオークを倒した。その時から今日まで数え切れないほどのオークを殺している」
「そうか、俺は今まで訓練所では負けたことがなかった」
「ここで負ければ殺される。最近はオークの数も増えてきた。今ほとんどの仲間は東の方へ行っている。今夜あたりオークとの決戦になるかもしれない」
「5年前来た時とは随分違うな、マドリルもそこへ行っているのか」
「隊長は東の方へは行っていない。次の戦いの準備をしている」
「大変な時に来てしまったわけか・・・」

 オークとの戦いの準備のため、大変な時であったが、それでも隊長のマドリルは喜んで俺とファラミアを迎えてくれた。めったに捕れない鹿の肉まで焼いてくれた。ほとんど俺とマドリルばかりが話していたがファラミアはそばでうれしそうに俺たちの話を聞いていた。マドリルは俺たちに洞窟の奥の一番よい部屋を使わしてくれた。部屋に連れて行くと、ファラミアはすぐに寝てしまったが、俺はまだまだマドリルと話したいことがたくさんあった。俺達二人は星空の下、焚き火を囲んで長いこと話した。

「ボロミア、またテストに落ちたのか」
「どうして、わかるのですか?」
「お前が俺のところに来るのは、そういう時ばかりだ」
「これでもう2回目です。俺はよっぽど頭が悪いみたいで・・・今回はファラミアに教えてもらったのに、それでも落ちたのです」
「あのファラミアがお前に勉強を教えるようになったのか。俺がミナス・テリスにいた時はまだ5歳だったのに・・・」
「弟はすごく頭がいいんです。体を動かすのは苦手で、実技のテストは落ちたけど・・・」
「二人仲良くテストに落ちてここへ来たというわけか。最近はよくオークが出るようになった。途中危険はなかったか」
「前と同じようにちゃんと護衛がついてきました。あなたが言っておいてくれたのですね」
「俺ではない。デネソール殿の命令だ。デネソール殿はああ見えてもお前達兄弟のことをいつもきにかけている」
「わかっています。父上が俺に期待していることはよくわかっています。でも時々それが辛くなります」

俺は自分の気持ちをどう言ったらいいのか、しばらく考えて言葉を選び、また話し出した。

「俺とファラミア、生まれる順番が逆だったらよかったのです。ファラミアが先に生まれている・・・それとも後から生まれても執政の跡継ぎになれたら、それが一番よかったのに・・・」
「どうしてそう思う」
「ファラミアはすごく頭がいいし、いろいろなことを考えて、人のことも考えられる子です。俺は頭が悪いし、すぐに突っ走ってしまって周りが見えなくなるし・・・俺なんかよりファラミアのほうが、ずっと執政としてふさわしいと思います。俺は頭を使うより、体を動かすほうが好きだから、執政としていつも座っているより、こういう場所であなたと一緒にオークと戦いたいのです。それに俺は今日初めて負けて悔しいからどうしても・・・」
「マルディルに負けたからか?」
「そうです。あんなに悔しい思いをしたのは初めてです」
「彼の家族は3年前オークに殺された。家族だけではなく同じ村の人間がほとんど殺されるところを見てしまった。ここに来たばかりの頃はショックで口も聞けない状態だった。今でも必要なこと意外はほとんどしゃべらない。あいつの頭の中は自分が強くなってオークを倒すことで一杯だ」
「俺も強くなってオークを倒したいです。すべてのオークを倒し、ゴンドールの人を守りたいです」
「やはりお前は執政の跡継ぎだよ。お前が執政になれば国は一つにまとまり、どんな敵でも倒せるだろう。お前にはそれだけの力がある」
「そうなのですか」
「そうだよ、自分では気がついてないだろうけど、お前は必ずりっぱな執政になる。俺にはよくわかる。ただ執政となるにはいろいろな知識が必要だから少しは勉強もしたほうがいいが・・・」
「わかりました、俺、がんばります。やっぱりここに来てよかったです」

 俺は部屋に戻った。ファラミアはとっくに寝ているはずだ・・・だがファラミアの姿はどこにもない。どこにいったのか?

「大変です。ファラミアがいません」
「心配するな、マルディルも一緒だ」
「ファラミアがどうしてあいつと・・・」
「お前が俺に話したいことがあるように、ファラミアは彼に話したいことがあったのだろう」
「弟は俺以外の人間とほとんど話したこともないのに・・・」
「おそらくそうだろうな。でもこれからは変わっていくよ。ファラミアはファラミアで自分に欠けたものを知り、探そうとしている」
「欠けたものって・・・」

 今まで俺にべったり纏わりついていた弟はどこへいったのだろうか?俺はひどく不安になった。


                                     −つづくー




後書き
 私はイシリアンには強い思い入れがあります。ここの自然と人間関係がファラミアに生きる力を与え、成長させたと思うからです。だから映画でレインジャーがゴラムに乱暴するシーンは辛いです。ストーリーの展開上仕方がないとしても、本当はこういう人たちではないのに、とつぶやいてしまいます。