3、航海
ドム・アムロスの紋章をつけた大きな船が近づいてきた。俺はためらうことなくその船に乗り込んだ。叔父のイムラヒム大公が住む城まではあとわずかだと思うが、せっかくこんな立派な船で出迎えられたのだから、オスギリアスで借りた小さな船で行くことはない。5日間大したものを食べていない。ここで腹ごしらえをしておくのもいいだろう。それなのになぜかファラミアは浮かない顔をしている。
「兄上、この船に乗って本当に大丈夫ですか?僕は何かいやな予感がするのですが・・・」
「お前はいつもそんなことばかり言っている」
「大体ギヤマンドラなんて名前からしてあやしいですよ。いろいろな古い物語や記録の中で英雄はAやE、Iなど頭文字が母音で始まる名前が多いのです」
「へえー、そういうことがあるのか」
「そして悪者や化け物などは、G、D、Bなどほとんど頭文字が濁音で始まっています」
「俺の名前はBで始まっている。父上はD、それじゃあお前、俺と父上は・・・」
「あ、いえ、けっしてそんなこと言っているわけでは・・・古い物語のことを言っているだけで、今の名前では・・・」
ギヤマンドラがにこやかな顔をして近づいてくる。豪華な服を着て、たくさんの宝石のついた装飾品を身につけている。よほど金持ちの商人に違いない。
「ボロミア様、ファラミア様、さぞかしお疲れと思われますが、今、少しですけど食事の用意をさせていただいています。お食事を食べ終わる頃にはイムラヒム様の城に着くでしょう。ここにいるのは私の息子のゴントとバラバでございます。お二人より少し年上ですが、お話し相手になれるでしょう」
ギヤマンドラにゴントとバラバ、この3人親子、兄弟というにはあまりにも顔が違いすぎる。それに名前も・・・
「頭文字がまたGとB」
「兄上、大きな声で余計なこと言わないでください」
ファラミアが小声で言ってにらみつける。まったくお前がいろいろ言い出すから、俺も少しは考えているというのに・・・
「なにか気になることでもございますか?」
「いえ、お二人は兄弟でもあまり似ていないのですね」
「よくそう言われています。ボロミア様、ファラミア様はよく似ていらっしゃいますね」
「でも僕達性格は全然似ていないのですよ。ボロミアは強くて勇敢だけど、僕は臆病です。少しのことでもすぐ気になり、いつもびくびくしています」
「慎重なことはよいことですよ。さあ、お食事の用意ができました。こちらにいらしてください」
3人に案内されて船の奥の部屋の方へ入って行く。長い廊下にはたくさんの絵や彫刻が飾られている。ファラミアはそれらを1つ1つ丁寧に見ているので、なかなか来ない。
「ファラミア、ご馳走がさめてしまうぞ。後でゆっくり見ればいいだろう」
「どれも歴史的価値の高い素晴らしいものばかりだ・・・」
「ファラミア様、気に入っていただきましたのなら、後ほどゆっくりお見せしますので、まずはこちらへどうぞ」
「わかりました」
食堂に入ってまた驚いた。少しの食事と言っていたが少しではない。ミナス・テリスでの祝宴と同じくらい、いやそれ以上の品数のものがテーブルに並べられていた。ここは海が近いためか、食べたことのないような魚貝類がいろいろある。
「お口に合うかどうかわかりませんがどうか遠慮なく召し上がってください」
言われてすぐ、俺は夢中になって食べ始めた。どれもこれも素晴らしくおいしいものばかりであった。だが隣に座っているファラミアはほとんど何も食べていない。
「どうした?食べないのか」
「見たこともない食べ物ばかりで・・・」
「どれもみなうまいぞ。まったくお前は何事も慎重すぎるよ」
俺は気分よく食べていた。ワインを飲みすぎたのだろうか、急に眠気を感じてきた。5日間ゆっくり寝ていないのだからしかたがない。少し休ませてくれと言おうとしたところで、ばたりと倒れ、意識を失っていた。
今どこにいるのだろうか?体が激しくゆれ、気分が悪くて仕方がない。体を動かそうとしても思うように動かせない。
「兄上、大丈夫ですか?しっかりしてください」
「ファラミア、俺は何を・・・」
「よかった、やっと気がついてくれた」
目を開けてもほとんど何も見えない。真っ暗な場所にいる。じゅうたんなど敷いていない木の床の上にいる。目が慣れてくると鉄格子のついた窓が見えた。部屋は狭く時々激しく揺れる。上着は取られ、身につけていた剣も短剣もすべて取られている。ファラミアの顔をよく見ると、頬が赤くはれ、唇が切れて血が滲んでいた。
「おい、これはどういうことだ」
「僕達はここに閉じ込められたのです。やはり彼らは叔父上の使者などではありませんでした。海賊の一味でしょう」
「俺たちを閉じ込めてどうする気だ」
「さあ、彼らの目的はわかりません。確かなことは今この船はアンドゥイン川ではなく、海に出ているということです。川ではこんなに揺れたりはしません。海はかなり荒れているようです」
「お前、なぐられたのか、ちくしょう、ひどいことをしやがる!」
「たいしたことないですよ。兄上が倒れていたので抵抗をしても無駄だと思っておとなしくしていましたから・・・」
「悪かった。俺がやつらを簡単に信じたばっかりに・・・」
「いえ、僕にも考えがありましたから」
「なんだ、それは?」
「今は話せません。ボロミアはなんでもすぐにしゃべってしまうから、それにほら彼らがやってきました」
ギヤマンドラとゴント、バラバの3人が鉄格子の前にやってきた。もう豪華な服ではなく、横じまのシャツを着て、頭には布を巻いている。
「やっと目が覚めたか。ゴンドール執政の世継ぎで、数千人の兵を率いる大将がこう簡単につかまるとは思わなかった。おまけに弟などは子供と同じ、ちょっとなぐっただけで涙ぐみ、無抵抗でつかまるとは・・・ゴンドールもお前達の代でおしまいだな」
「俺が執政の世継ぎであることがわかっていてこんなことをしているのか。お前達、つかまったらただではすまさないぞ」
「いくら騒いでもここはもう海の上、ゴンドールからの助けは来ない。あきらめるんだな。まあ大人しく言うとおりにしていれば命までは奪ったりしない。目的の物が見つかったらお前達は帰してやろう」
「何が目的だ!」
「そう大きな声を出さなくても、この狭い場所なら充分聞こえる、ゴンドールの大将、とりあえずこの嵐が静まるまでは大人しくしていていただきたい」
「ファラミアに何をした!」
「兄上、落ち着いてください、僕は大丈夫ですから」
「弟がよほど大事なようだな。言うとおりにしていれば何もしない。ただし、余計なこと考えてここから逃げようとでもすると、かわいい弟が痛い思いをするかもしれないが・・・」
「兄上、こらえてください」
ファラミアが小声でささやく。彼らは笑いながら行ってしまった。
「兄上、だめですよ。彼らを怒らせるようなことを言っては、別に僕達を殺すつもりはないようですから」
「お前はいつも冷静だな」
「いえ、ボロミアが倒れた時、僕は何も考えられなくなりました。そんなに悪いやつらじゃない、殺されたりはしないだろうと思っていても、もしあの中に毒が入っていたらと考えたら・・・涙が出て抵抗することも忘れていました。こんな僕ではもし兄上と一緒に戦場に行っても、きっと役には立たないでしょうね」
「そんなことはない、今の俺はお前だけが頼りだ。今だけではない。今までも、これから先もずっとお前がいてくれるから俺は戦うことができる」
ファラミアを抱きしめた。
「兄上、そんなに強く抱きしめられたら、なぐられたところが痛いですよ。それにいつまた彼らがやってくるとも・・・」
急にまた船が大きく揺れ、俺たちはそのまま床に倒れた。
「ちくしょう、俺達は執政の子だぞ。閉じ込める場所の床にはじゅうたんぐらい敷いておけ。転んだらいたいだろう!」
「無理ですよ、それは。相手は海賊なのですから」
「ギヤマンドラにゴントにバラバ、全員濁音ばっかりの!」
「それは昔の話です。今の時代にはあてはまりません」
俺たちはいつの間にか笑い合っていた。まだ当分嵐はおさまりそうもなく、船は大きく揺れていた。
−つづくー
後書き
あーあ、やっぱり悪者に捕まってしまいました。なんとなく英雄は名前が母音で始まり(アラゴルン、エオメル、エアレンディルなど)、怪獣の名前などは濁音が多いように感じるのですが、本当のところはどうでしょうか?
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