5、北の海
俺は狭い所、薄暗いところは大嫌いである。おまけに船の上だから揺れたりもする。こんなところに閉じ込められているのはものすごく気分が悪いのだが、逃げ出すこともできない。ファラミアのほうは落ち着き払っている。彼は時々外に出てあいつらと話をしている。何を話しているか気になるが、ファラミアは笑っているばかりでその内容を教えてくれない。ただ弟が彼らと話した後は必ず食料、それもかなりいいものが運ばれてくるので、なんとか我慢している。船は北の方へ向かっているのだろうか。だんだん寒くなってくる。
「もう、我慢できない!だんだん寒くなってくるじゃないか!こんな狭くて薄暗いところに閉じ込めやがって!国に無事帰ったらあいつら覚えていろ!一生地下牢に閉じ込めてやるからな!」
「兄上、そんなに怒らないで下さいよ。僕達は確実に目的地、エレンディルの船のあるところに向かって進んでいますよ。彼らが僕達をそこまで運んでくれるのですから、少しくらいは我慢してください」
「お前はよく我慢できるな。俺はこういう狭くて薄暗いところは大嫌いだ!」
「僕はこういう場所、割と好きですよ。いろいろ考え事をするにはちょうどいいです」
「それにこの寒さはなんだ!毛布ぐらいもっと持って来い!」
「大丈夫ですよ兄上、こうすれば充分暖かい」
ファラミアは座っている俺の肩に毛布をかけ、目の前に座って俺の腕を引っぱった。抱きしめてやると確かに暖かい。
「子供の時、ボロミアはよくこうやって僕を抱いて寝てくれたのですよね」
「もうお互い大きくなっている」
「でも、この場所で離れていると寒いですよ」
「そうだな、それにお前がそばにいてくれると、不思議と気持ちが落ち着く」
「僕もですよ。兄上がそばにいてくれるから、冷静でいられるのです」
「あいつら、見に来ないな」
「この船はかなり北の海にいます。周りに氷山がたくさんあるので、ぶつからないように気をつけて航海しなければならず、僕達のこと見に来る余裕がないのです」
「ひょうざんてなんだ?それは人間も襲うのか」
俺は真剣に聞いていた。海にはどんな恐ろしい怪物がいるかわからない。それなのにファラミアは吹き出した。
「兄上、氷山は生き物ではありません。海に浮かぶ大きな氷のかたまりです。でももし船がぶつかったら沈んでしまいますから、怪物より危険かもしれません」
「海にはいろいろあるのだな。お前は本当にいろいろなことを知っているな」
「これぐらい誰でも知っています。学校で習ったはずです」
ファラミアはすました顔で言う。俺は昔習ったことなどもうすっかり忘れている。そこへギヤマンドラがやってきた。今回は部下達を連れずに、一人だけできた。
「すみません、毛布をもう一枚ください。兄上と二人で一枚なんていやですから」
「俺はいっしょでいいぞ」
「静かに!仲の悪い兄弟のふりをするのです」
「俺たちは仲のいい兄弟だぞ」
「いいから、僕の言うとおりにしてください!」
「なんだ、なんだ。こんな場所で兄弟げんかをして。ファラミア、悪かったな。すぐにもう一枚毛布を持ってきてやる。ところでその、例のあの場所はもう近いのか?だいぶ氷山が多くなってきた」
「たぶん、かなり近くまで来ていると思います」
「よし、ファラミア、お前だけ出てきて、一緒に例のあのものを探せ。それは大きいのか」
「かなり大きいと思います」
「ファラミア!例のあのものってなんだ!」
「兄上は黙っていてください!」
ファラミアはいきなり俺を突き飛ばして一人だけ外に出た。その表情は俺が知っている弟のものではなかった。長い間遠征に行っている間に、ファラミアは変わってしまったのだろうか。弟は俺の腕をつかみ、大声をあげた。
「兄上、手を離してください。僕の方がいろいろ知っています。今回だけは兄上の思い通りにはさせません。すみません。先に行っていてください。すぐに行きますから」
ギヤマンドラが行ってしまうとファラミアは小声でささやいた。
「兄上、ごめんなさい。何もかも僕の作戦です。うまくいっていますから心配しないでください」
ファラミアも出て行った。たった一人で閉じ込められていると余計に寒く感じる。俺は二枚の毛布をあわてて体に巻きつけた。
どれくらい時間が過ぎたのだろうか?夜がきて寝ているところをいきなりギヤマンドラに起こされた。その両隣にはバラドとゴントもいる。起きてすぐこいつらの顔を見るとは本当にいやな気分だ。ファラミアは来ていない。
「ファラミアはどこにいる!」
「上で待っている。目的の場所に着いた。一緒に来てもらおう。少しでも余計なことをしたらかわいい弟がどうなるか、わかっているだろうな」
牢屋の外に出された。俺一人だったらすぐにでもこいつら三人まとめて倒しているところだが、ファラミアの危険を考えるとそういうわけにもいかない。彼らはすぐに俺の両手を後ろできつく縛り、目隠しもした。罪人のように縛られて歩かされるなど、非常に屈辱的ではあるが仕方がない。外はかなり寒い。ファラミアは近くにいるのだろうか。目隠しをされているから何も見えない。やがて船から下りたらしく、足元の感触が変わった。氷の上を歩いているらしい。そのままかなりの距離を歩かされた。
「あれがエレンディルの船か。素晴らしい!この船の中だけでもたくさんの財宝がありそうじゃないか」
「無理ですよ。財宝をとられないために、わざとこんな寒い場所に船を隠したのでしょうけど、この船においてあった財宝はもう盗まれているでしょう。でも僕はそれを見つけるために、ここまで来たのではありません。この船からある物を見つけ出せば、ここに残された物より数十倍価値のある財宝の隠し場所がわかるはずです」
ファラミアがスラスラしゃべっている。まったくあいつは何を考えているのか。宝の隠し場所を教える物がこの船の中にあるなどと、そんな大事なことをこいつら海賊どもにしゃべってしまっていいのだろうか。
「この船の中に入るには兄の力が必要です。手のひもをはずし、目隠しをとってください。大丈夫です。僕がいる限り、兄は何もしません」
目隠しをとられると、目の前に大きな船が見えた。これがエレンディルの船なのか。数千年前に作られたというのに少しも壊れていない。船の形も非常に美しい。
「兄上、あの木の扉を壊してください。兄上はこういうこと得意ですよね」
「わかった。お前は少しどいていろ」
「ここに来ているのはギヤマンドラとバラド、ゴントの三人だけです。彼らも仲間割れを恐れて全員では来ていません。目的の物を見つけたら、隙を見て逃げましょう」
「ファラミア、大きな木の棒を見つけてこい」
「この場所で木を見つけるのは無理ですよ。これでどうですか?」
ファラミアは俺に大きな氷のかけらを渡した。先は尖り、持ちやすく、手ごろな大きさだった。俺はその氷のかけらを持って扉に向かって突進した。2回、3回・・・5回目で扉は壊れ、人が通れるほどの穴ができた。
「この中に例の物があるのか。よし俺から入る。お前達もすぐに入って来い」
ギヤマンドラが真っ先に船の中に入っていった。続いて俺たちも中に入った。船の中はめちゃくちゃに荒らされていた。
「どこにあるんだ」
「たぶん、樽の中とか衣装ケースの奥とかだと思います。そう簡単には見つからない場所だと思います。
ギヤマンドラ達三人は夢中になって樽やケースのものをひっくり返して中を調べていた。ファラミアはそっと俺の手を取って、奥の部屋の方へ入っていった。一番奥にほとんど荒らされていない小さな部屋があった。机といす、そして何冊かの本が置いてあった。
「ここがたぶんエレンディルの部屋でしょう。彼の肖像画が飾ってあります。偉大なる王のエレンディル様、僕達が今ここにいるのはあなたのおかげです。でも残された最後の国ゴンドールも今、危機が迫っています。どうかもう一度あなたの力を貸してください」
ファラミアは肖像画をはずした。絵の裏に小さな紙がはさんであった。それと机の上にあったパイプをポケットにいれ、また肖像画を元の位置に戻した。
「やい、お前達、探し物もしないでこんなところで何をしている」
「エレンディル王に祈りを捧げていました。僕達は王に仕える執政の子ですから。王の前ではたとえ肖像画であってもひざまずいて祈りを捧げなければなりません」
「めんどうなやつらだな。さっさと終わらせて探し出す物を早く探せ」
「わかりました」
ファラミアはエルフの言葉だろうか。俺にはわからない言葉をぶつぶつとつぶやいている。机の下にもぐると甲板に出た。
「兄上、あのボートを下ろしてください。あれで逃げましょう。あ、その前に入り口と出口をふさいでおきましょう」
ファラミアに言われるままに、俺は大きな氷のかたまりをいくつも運び、今出てきた場所と最初に壊した扉をふさいだ。彼らは俺たちが何をしているか少しも気がつかず、まだ樽の中などを調べていた。
「海に出るまでこのボートを持って走れますか」
「大丈夫だ、俺にはそれくらいの力はある」
「では行きましょう。海賊船が止まっているのとは別の方向に・・・すぐに海が見えるはずです」
「だけどお前、探していたものは」
「ここにちゃんとあります」
ファラミアは笑って自分のポケットを手で押さえた。
「やっぱりお前は頭がいいな」
「でも、僕は扉を壊したり、ボートを担いで走ったりするような力はありません。兄上のおかげでなにもかもうまくいっているのです」
「そうか、俺も役に立っているのか」
「そうですよ。兄上がいたから、僕だってこんな計画を立てたのです。一人だったら絶対こんなところまで来ません。急がないと彼らがあそこから出てしまいます」
「わかった。ところでどっちへ行けばいい?」
「海は向こうです」
ファラミアの指差す方向に向かって俺は走り出した。担いでいるボートはかなり重いけど、久しぶりに広い場所に出られて、俺の心はうきうきしていた
−つづくー
後書き
ボロミアは考えることは苦手だけど、扉を壊したり、重いものを運ぶという体力が必要な場面では大活躍します。
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