6、漂流

「ファラミア、何を持っていこうとしている、急がないとあいつらが出てきてしまう」
「わかっています。でもこんな遠くまではもう2度と来られないかもしれません。エレンディルの残した貴重な本をこのまま氷の海に残しておくのはもったいないです」
「宝のありかでも書いてあるのか」
「宝とは関係なく、古文書として貴重なものです」
「わかった、好きなだけ持っていけ」

僕は本をまとめて袋に入れた。その間にボロミアはエレンディルの船に積んであったボートを下ろし、頭の上に置いていた。

「兄上、大丈夫ですか?そのボート1人で運べますか?」
「俺は大丈夫だ。早く行こう。ところでどっちへ向かって走ればいい」
「太陽があそこにあるから、この方角が南、西へ向かっていけば海に出られるでしょう」

言い終わらないうちにボロミアはもう走り出していた。あんなに大きなボートを頭の上に載せているのに、いつもと変わらない速さで走っている。小さな荷物の僕の方が追いつけず、たちまち離れてしまう。

「兄上、待ってください。もう少しゆっくり走ってください」
「心配するな、先に俺がこのボートを海岸まで運んでまたお前を迎えに戻ってきてやる」
「それでは危険です。離れ離れになったら危ないです。この辺りは白熊がいるかもしれません」
「それは俺より大きいか?」
「兄上よりずっと大きいはずです」
「熊の仲間など、怖がらなくていい。俺は自分より大きいオークやそのほかのいろいろな化け物を何度も倒している」
「兄上が強いのはよくわかっています。でもここには僕達2人だけしかいないのです。用心してください」
「わかっている。お前は心配性だな」
「兄上が大胆過ぎるのです」

幸い白熊や他の海賊達に逢うこともなく無事に海岸までたどり着いた。ボートに穴など開いていないかを丁寧に調べそれから海に浮かべた。このボート、大きさから考えてさぞかし重いものだろうと予測していたが、実際には僕でも持ち上げることができるほど、軽いものであった。こんな重いものを持って走り、ボロミアはなんて力があるのだろうと感心していたが、それほど重いものではなかった。といっても僕はこのボートを頭に載せてあれだけの距離は走れないから、やっぱりボロミアの方が、遥かに力があるのだけれど・・・このボートは僕達2人が乗ってもびくともしない。

「ファラミア、大丈夫か。どこか壊れているところとかあるか?」
「どこも壊れていません。このまますぐ使えます。すごいですね、何千年も前に作られたボートですら、少しも手直しせずに使うことができる・・・ヌメノールの技術や文化は非常に優れたものだったのですね。いまミナス・テリスやゴンドールの国の中で作られているものの中で、数千年後まで残るものは一体いくつぐらいあるでしょうか?」
「ミナス・テリスの白の塔はきっと後の世にも伝わるだろう。修復は必要かもしれないが」
「そうですね。ミナス・テリスはずっと残りますね。数千年後の世界にも・・・」




僕達はボートに乗り、海に出た。二人だけで見る海。初めての広い大きな世界。ボロミアは力強くボートを漕ぎ出した。氷山にぶつからないように注意深く進んでいる。途中僕達をここまで連れてきた海賊達の船が小さく見えた。向こうからは僕達の姿は見えないだろう。それでもボロミアは彼らに見つからないよう必死に漕いでいた。やがて海賊船は見えなくなり、周りの氷山も少なくなってきた。かなり沖のほうまできているらしい。波は穏やかだった。

「兄上、疲れてないですか。僕が代わりに少し漕ぎましょうか」
「お前にできるのか」
「やったことないですけど、兄上が漕いでいるのをずっと見ていました」
「じゃあ、やってみろ」

僕はボロミアと座る場所をかえ、オールを持ってボートを漕ぎ始めた。ところが見ているときは簡単そうだったが、実際には僕がいくら力を入れてもオールは思うように動いてくれず、ちっとも前に進まない。

「お前は頭はいいけど、本当に不器用だな。全然前に進んでいない」

ボロミアが笑いながら言った。そっと立ち上がり、僕のすぐ後ろに座る。僕はびっくりして振り返る。

「そのまま続けろ。俺が少し漕ぎ方を教えてやるから。大体オールを持つ位置からして違っている。こうやってここを持つんだ」

僕の手首を上からつかみ、オールの上に載せる。ボロミアの大きな手が僕の手の上に重なる。

「これで少し漕いでみろ」

僕はボロミアと一緒にオールを動かした。ボロミアの手の動きに遅れないように大きく力強く。背中からボロミアの心臓の鼓動が伝わる。荒い息が僕の耳にかかる。胸がドキドキして息苦しくなってきた。

「もっと力を入れろ、そう、その調子、少しは前に進んでいるようだな」
「兄上、すみません。手が痛くて・・・」
「見せて見ろ・・・しょうがないな、もうまめができている。俺が漕いでやるから、お前はそっちで休んでいろ」
「はい、すみません」

ほとんど1日中、ボロミアは1人でボートを漕ぎ続けていた。食事を食べる時以外はずっとオールを握っていた。固くなったパンと水、それが食料のすべてだった。海賊船から降りる時、あまりたくさんのものは持ち出せなかった。パンをちぎって手渡すと、ボロミアの手にもまめができ、血が滲んでいた。

「兄上、血が出ています」
「これぐらいの血、たいしたことはない」
「だめです。痛くなって手が使えなくなったら大変です。ちょっと見せてください」

ボロミアの手のひらに口付けし、薬をつけてから、布を巻きつけた。

「お前はこういうことは得意だな」
「気をつけてくださいよ。僕はボートもまともに漕げないんですから。兄上がけがでもしたら大変です。今僕達がいるところは海の上です」
「そうだな。お前と二人っきりで、こんなに長い時間を過ごすのは初めてだな。俺は遠征でミナス・テリスから離れてばかりいたから」
「そうですね。兄上とずっと一緒にいられるなんて・・・」
「暗くなってきた、寒くはないか」
「もうかなり南の方まで来ています。寒くはありません」
「そうか、・・・まあ寒くなくてももっと近くに来い。俺はその、なんていうか心細いから、不安だから、お前が俺にくっついていてくれたほうが・・・」

僕はボロミアに抱きついた。

「僕も同じですよ。海の上で、心細くて不安だから、兄上にくっついていたいのです」


                                          −つづくー


後書き
 BLはなしと言っておきながらかなりあやしい雰囲気になってしまいました。二人っきりでボートに乗せたりしてはいけませんね。特にボートの漕ぎ方を教えてあげる、というのは危険ですね(笑)ファラミアの手にあわててまめを作りました。こんなふうに二人きりにしておくと危険なので、早く上陸させるか、海賊さんに再登場していただかないと・・・