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2014年6月11日 |
よかった! |
西宮といえば、甲子園球場や大きなショッピングセンターや住宅地などがある南部のイメージが強いのですが、名塩は北部の自然豊かな山間の町です。西宮の田舎町、山地区と揶揄されたこともありましたが、今は山を切り開き大きな開発も進み、人口もどんどん増えている所です。 私は名塩小に29歳〜33歳まで勤めていたのですが、その時にJR西宮名塩駅 が開業(1981年)しました。(それまではバスしかありませんでした) 今日はその西宮名塩駅から、ゆっくりと歩いて名塩幼稚園に向かいました。 あの緒方洪庵の塾があった「蘭学通り」を通っていきましたが、元々の名塩の 街中は、昔のまんまでした。周りの開発にここだけ取り残されているのです。 「よかった!」 なんだか安心しました。そして懐かしさでいっぱいで思わず笑顔です。 狭い道、入り組んだ家々、そして酒谷商店は、もう昔のまんま。昔の映画に出て くるような店のままです。郵便局も新しくなっていません(笑) 「よかった!」 家の表札を見ていくと「畑田」「畑田」「畑田」「家門」「家門」「覚前」「覚前」 ・・・と同じ名前が多いのも名塩の特徴です。 でもあの美味しい「焼き餅」のお店はもうなくなっていました(涙) 名塩駅からゆっくりと20分ほどかけて名塩幼稚園に到着しました。 車で行かずに、歩いてきて本当によかったです。 講演が始まってすぐ、私はびっくりました。 一番前に座っているのは、美樹ちゃんじゃないか?と(5,6年担任した子) もう40歳近くなっていますが、昔の面影がある、きっと美樹ちゃんだ、 講演をしながら、私の頭の中では美樹ちゃんの確認作業が進んでいきました。 そして「もしかして」「多分」が「絶対美樹ちゃんだ」に変わりました。 90分後、講演の最後にみんなの前で「教え子が来てくれています」と 「美樹ちゃんやんな」と紹介すると彼女自身が一番びっくりしたような顔で うなづいてくれました。 「よかった!」 美樹ちゃんは、おとなしくて目立たない子でした。 だから美樹ちゃん自身も「先生は私のことはきっと覚えていない」と 思っていたようです。 「何言うてんねん、覚えてるに決まってるやろ」 そんな私の声に、昔と一緒の表情(少し笑う)をする美樹ちゃんでした。 そのあと、また違う方がそばに来て 「『○○みのり』のことは覚えておられますか?」 「みのりちゃんでしょ、ちょっとぽちゃっりしたみのりちゃんでしょ。 もちろん覚えていますよ」 「それはよかった。昨日みのりから『仲島先生に持ってもらった1年生の 時のことすごく印象に残っているよ、先生私のこと覚えているかな』って メールが来ました」 とそのメールを私に見せてくれました。あのね帳のことも書いてありました。 また、次の人は 「私の姉の子どもはたぶん仲島先生の頃に名塩小だったんですけど・・」 と言うので、名札を見ると「○○」 「もしかして、良くんのこと?」 「そうです、良です」 「覚えてますよ、家はそこやん!」と幼稚園の裏の方を指すと 「そうです、そこです。姉は今日はバレーに行ってます」 「お母さん、今も元気なんですね。もう60超えでしょ(笑)」 と盛り上がる盛り上がる(笑) その後もいろいろおしゃべりをしてしまい、 11時半に講演が終わったのに、名塩幼稚園を出たのは1時前でした(笑) 先日58歳になった私ですが、元気をもらいました。 また若くなりました(笑) |
今日は、西宮市立名塩幼稚園のPTA講演会でした。かつて私が勤めていた名塩小学校のすぐ隣りにある幼稚園です。
Posted by naka602 at 06:19
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