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2020年10月17日
フランスからも
兵庫県で 「多文化共生教育」がしっかり始まったのは、2000年「外国人児童生徒にかかわる教育指針」 2003年「子ども多文化共生センター開設」 の頃だと思います。その時、私は西宮市教育委員会指導主事でその担当をしていましたが、全く違和感なく仕事をしていました。

それはきっとナウミとの出会いがあったからでしょう。
その出会いは
「子ども多文化共生センター開設」より20年も前のことです。
今からだと40年も前のことです。当時の世の中には
「多文化共生」や「多様性」という言葉もない時代です。


ナウミは、
肌の色は黒いし、髪も顔も日本人とは違う。
そして子どもなのに耳にはピアス。
周りの子どもたちも最初は違和感もあったでしょう。
でもすぐに打ち解けました。
子どもたちはあっという間に慣れていきました。
そして「ごく普通」になりました。
私たち教師も知らないうちに「ごく普通」になりました。
ナウミは、段西小では「ごく普通」だったのです。

でも私たちが思う以上にナウミ自身は、いろいろ悩みも多かっただろうし、
辛い経験もたくさんしたと思います。よく頑張っていたなと思います。
でもそのおかげで私たち教師も、周りの子どもたちも
「同じ地球人」としての「生き方」を学んだのです。

今、アメリカNBAでは「八村塁」が活躍していますが、
その先輩が「ナウミ」です。
「八村塁」があるのも「ナウミ」のおかげです(笑)


そのナウミからメールが届きました。
本当に嬉しくて涙がこぼれました。
その一部を紹介させてください。


仲島先生へ
大変ご無沙汰致しております。
今朝、先生のブログを拝読させて頂き、先生が私のことを覚えて
下さっていたことに、時空を越えた感動を覚えました!

段西初代(?)の 「フランス籍のナオミ」 です。
先日、翠先生含めた6ー1のクラスLINEで先生のお名前が出た瞬間、
笑顔になると、水面に出来る輪の様に、顔中に笑顔が広がる仲島先生の
お顔がパッと思い出されました。

やけに寒かった冬の朝の「元気体操」も、仲島先生のパワフルな
振り付けと笑顔で、甲山を横目に、最後は全力で(やけくそで?!)
踊っていたのが懐かしいです。

当時はまだ昭和の時代、ハーフの存在は珍しく、道行く人の好奇の目も
ありましたが、迪人校長先生を始め、段西の先生方が一丸となって
受け入れ、そして守って下さったこと、今でも大変感謝しております。
仲島先生のクラスになったことはなかったのに、廊下で会うと立ち止まり、
私の目を見て元気かと聞いて下さった仲島先生は、周囲と違うことに
不安を抱いていた子供心に、力強い「ほんまもんのスーパーマン」でした!

こうして再び繋がることが出来、あのときのお礼が言えるのが嬉しいです。
仲島先生、小さくて不安だったあの時、見守ってくれて
ほんまにありがとうございました。どうぞいつまでもお元気で、
優しい風を届けるスーパーマンでいらしてください!

ナウミ



ナウミに謝らないといけません。
今の今まで、ずっと「ナオミ」だと思っていました。
私にはそう聞こえていました。
本当は「ナウミ」だったのですね。

さっき、昔の名簿を探したら「ナウミ」でした。
40年間、間違っていました。
ホンマごめんなさい。

日本語も英語もフランス語もペラペラのナウミ。
世界中を駆け回るナウミ。
今、フランスでは、またコロナ感染が広がっているようです。
どうかどうかお大事に。

元気でねナウミ。




Posted by naka602 at 18:14 | TrackBack (0)
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