第二章
新左衛門の遺訓に関する考察

遺訓全文の翻刻(前半)

 返り点や句読点などは原文にはなく、筆者が書き加えたものである。また変体仮名が多く使われているので、これをそのまま記載して括弧書きで読み(現代仮名)を書き入れた。変体仮名とも現代仮名とも取れるものは、現代仮名のみの表記とした。なお、原典(写真)全文も資料編に掲載した。

 過去に報告されている翻刻や写しの翻刻を参考にし、筆者の解釈によって修正したものを以下に示す。

内の者左様ニ朝おき難成よし尓()て、其家尓()居可()ね候間、月ニ一日宛やす三()日を定、あ屋津(やつ)りニ而()も見物ニ銭をとらせ遊山一日させ、残リ廿九日ハせめ津可(つか)ひニ遣候而()も、さの三()()ら多()ち不申候事、百性土民ハ如斯心得を以不便かり候事肝要なり。

諸木彼是植置候事心なく物種をろし、年々次第ゝ尓()植置候段、書物五札ニ書記置候事ハ、今生の身持能候得ハ、慈悲こゝろも有之故、来世ハ安楽世界へ可参事う多()かひなし。此趣仁儀礼智信を不背信心を得而()、朝夕おこ多()らす念佛可申候。此心ニ而()ハう多()かひなし。如斯末?子孫のためニ書置候間、命日ニハ取出し於披見ハ、親かう?のため佛前に何をそなへたるよりハけうやう堂()るへし。南無阿弥陀佛ととなふ遍()きなり。

 

右二十壱ヶ條之()趣如斯末〜の為尓()書印置候間、親の名号と相心得可拝見者也。

   寛文五年 己ノ十一月十五日

 

 砂村新左衛門入道真悦(花押)

京都、大坂、堺、四国、西国、北国、関東八州大方めくり、国々所々物毎一覧仕候得共、宜所ニ而(て)四、五町四方屋敷求候儀難成、むなしく年月送。就夫、四五年以前より相州三浦内川入海を新田尓(に)取立成就仕候間、諸木植置住所ニ可定と存候得共、江戸より遠ク御座候間不其儀

今度武州於江戸宝六嶋海邊新畠ニ取立申ニ付、此所幸住所と存、萬物種を集、草木を植置、子々孫々のため諸百性も是を見及候ハゝ数人心をかけ、山尓(に)も里尓(に)も名々持分荒地幾程も可有事ニ候間、草木種をおろし植置候て十ヶ年過候ハゝ其身之ため宜かるへき事なり、且ハ世上のくつろき尓(に)も可成事と乍憚如斯候。世間之(の)人々ハ何と思召候也、私ハ地より者(は)へ出る物種有増心を尽、数年工夫仕、大方五三年ニ物種とも三浦に取集ふせ置候間、新田新堤尓(に)も植置五ヶ年過候ハゝ、森林尓(に)も成遍(へ)し。其時ハ下枝おろし薪尓(に)も可成積、又ハ田畠の風志(し)のき尓(に)も可然事、并年を重用木ニなり、其身宜クなり家も絶申間敷と存如斯候。

老人の継木物種ふせ候儀不入様尓(に)思召候事御尤ニ候。併手かゝ三(み)に仕置候得ハ、子孫のため、世上数万人のくつろきのためと存、乍憚積置候事。

古の熊谷とんせい尓(に)て名ヲ残しさ祢毛(ねも)りハ赤地の錦を着、討死して弓箭之(の)家の名を残ス。末代ニ至迄本(ほ)まれをハ取事武士の本意なり。か様尓(に)申私ハ田夫野人の生れ付尓(に)して錦を着する事なら須(す)。とんせいの身尓(に)もなら連(れ)す。せめて地より者(は)へ出る物種取集、所々ニ心満可(まか)せニて植置候ハゝ、末代の調寶世上のくつろき尓(に)なるへき積、又其身子孫も宜かるへし。地頭代官之(の)未進も皆済仕候者()菩提のため尓()も悪敷ハ有間敷と存如此ニ候。

い尓()しへ熊谷、遁世尓()おもむき成仏す。砂村成仏ハ草木を植、世間をうる本()かし、宜心入尓()して慈悲を立候ハゝ、両様成仏替儀有間敷と被存候。

    い尓()しへ哥人達并長者其外所々ニ数万人古跡雖之、其名を石に本()り付、或ハ其屋敷雖之、草本()うゝゝとして其印斗也、然ハ何之()せんもなく三拾年五十年八拾年遍()ても、露の間ならてハ無之、無常の風尓()さそひ安楽浄土尓()行も有遍()し、又ハ心立悪敷候ハゝ阿()しき所へ行も有遍()し。有無の二つの究無之、うつらゝゝゝとくらし候事勿躰なき次第なり。多多(ただ)ゝゝ仏躰のか多()ち尓()生をうけ、年月を送り、悪道尓()落ん事ハ其身心立故なり。然ハ善智識のおしへを請、仏道尓()入、安樂浄土にう多()かひなく成仏すへし。

夫人間尓()上中下三段有。上の仕合よき富貴の人ハ、遊山おこりニうかされ仏道尓()入か多()し。下の人ハ朝夕之()煙を堂()てかね、世間尓()隙なき故ニ是又仏道ニ入難し。中分の人ハよく尓()ふ遣()らす、ひんくにせめられす、こゝろ多()ゝしき故尓(に)佛道をね可()ふニ宜。就夫、仏神の御心尓()叶事我可()心よりおこるなり。まつ今生尓()おゐてハ仁儀五常を守、未来たのし三()の後生に趣事第一也。宜きもの俄無仕合尓()なり、六ヶ敷事出来候得ハ、神?尓()祈誓を懸候事、誰人も有之者()常々無覚悟なる事也。不肖願之事、真の道なり。今度宝六嶋出入ニ付、御公儀様より直々ニ被仰付事、日月の御阿王(あわ)れ三()と思ひ、冥加ニ叶、難有奉存候儀、末代迄名を残ス事、正直ハ一旦の依估ニ阿()らすといへとも、終ニハ日月のあ王()れ三()を蒙と、御たくせんニ相叶と奉存、又御詠哥尓()、「心多尓(たに)真の道尓()かなひな者()、いのらすとても神やま本()らん」と有此。心を以てハ心尓()てこゝろをためし、今生の本()まれ未来仏道尓()入事肝要ニ奉存候。「分の本()るふもとの道ハおほ遣()れと同し多可(たか)ねの月をこそ三()れ」

あしき心、まんき、分別多()て、い多()り可本(かほ)、たんき、いつてつなるもの尓()ハい遣()んも申さぬもの。

よき心、人尓()あいきやう有様尓()してよし。

春夏秋冬の四季をかん可()へ、心持萬尓()入事。

天下の御法度を守、御ふれことにおこらす書留置、是を人志()つま里()て拝見尤ニ候。御 公儀より被仰出儀、疎略尓()存。釈迦如来の御掟を以屋()わらけさせられ、国土不便のためニ被仰付候難有可存候。御公儀之()御慈悲ハ、親可()子をい多()ハるより猶深し。万事悪を作ら須()、人間の作法のやう尓()との御事ニ候。真の道とハ此儀なり。 是をよくおこなふ人ハ悪心なし。悪心阿()らされハ罪科ニあたふ遍()き仏神もなし。長久ゆ多可尓(たかに)世を渡る遍()き事也。

一 仁儀礼智信尓()背可須(かす)、子ハ親ニ孝をし、弟ハ兄ニ随ひ、兄ハ弟を連()ん三()んす遍()し。

一 末〜子孫兄弟一門不和尓()してハ其家調可多(かた)きもといなり。爰尓()たとへ有。唐尓()めい〜鳥と云鳥有。とう一多()い口二つ有。一つの者()しニとくを阿多遍(あたへ)んとする、此理をよく聞入遍()し申ハ於路可(おろか)なり。夫ハ鳥るい人間もその心立ニてハめいゝゝ鳥に似多()ると、我可()こゝろの本()とをよくかん可()へ候事かんやうなり。佛尓()成候祖父親迄尓()きつを津()くる事もつ多()いなきと、我可()心ニ志()んを取存含、我と心を取直し一門眷属たいせつ尓()仕、其内身躰薄キもの尓()はいよいよ者()こく三()申事肝要也。然上ハ他所他人より其家を深ク見申あなとり不申ものなり、末々ハ能事多し。たとへハけいしけい本()の中、他国の兄弟ニ而()も兄と云文字ならハ同事ニうやまふへし。其上父相果候以後、惣領ならてハ其身又ハ家来者()こく三()申上ハ親同事也。就夫、世間尓()兄ハ親ニ而()ハなき可()と申傳候申ハおろ可()なり。父母尓()何を志()んせ春()とも、真の道ヲこゝろかけ申事親かうゝゝの印也、并知音知付へも不背、折々見舞音信候得ハ、末々子孫迄志多(した)しむものなり。

寺門跡江()御ふく米永代書印置候間、不可有相違候、并諸神諸佛於路(おろ)そ可()にすべから須()候。

一門眷属永代ゆつ里()田地少宛別紙ニ書印置候事、右之()趣ハ三浦新田之()内ニ而()、御ふく田と名付田地のけ置、則手作ニ仕、其田地物成を以右之()件之()方江()永代書付置候趣無相違一、毎年可相渡者也。若少ニ而()もそ里()やくニおゐてハ、仁儀礼智信尓()違候は天道ニ相背尓()より、其身煩可()又ハ其家者()めつの末ニ成者也。然上ハ、書置候趣難有と相心得可相勤者也。末々仏前ニ何を飾、千部万部のきやう屋()うよりハ、右之()件のた可()へす候ハゝ、末代ニ至迄名字名乗、末?迄可繁昌と存含如此書印置候事。

惣志()て人間ハよくニきりなしといへとも、身躰七分め身躰上と可相心得者也。九分、十分ニ成候へハ、必こ本()れ申候。唐の十分盃見申ニ如斯ニ候。

惣志()て物事かん可()へ、朝暮徒ニ年月を送り、親のゆつり多()る田畠屋敷諸道具い多津(たつ)ら尓()ならさる様ニ、おこりこゝろなき事肝要なり。

家来之()者、主人奉公之()次第之()事かけひな多()なく、かけの奉公第一也。主のためならハ、明日之()事ハ前日より工夫して夜前より下々ニ可申付儀可然事ニ候得共、世間の奉公人のならいよく、帳面勘定さへ合候得ハ無別儀と斗、心得さの三()ため尓()もか漫王(まわ)さる奉公人多し。是ハ大きに誤なり。ものごとせんきもなく候得ハ、主の物ぬすミ取候同前なり。

    惣志()て人間身持の次第ハ第一、未明よりおきて下々へ申付、たとへハ十人、百人召遣候ても、其日の津()いへなく、其身ハ無病尓()なり、か連()これよき事多シ。又其家主あさねをこのめハ、下々迄そのまねをし、物事の用をかく。壱年ハ三百六十日、大分の津()いへ損多()ち候事、あさね積りゝて身躰うすく成故ニ悪心出来よくふ可()くなり候。是故あさねも天道背故也と心得、朝おき仕、下々へ諸事可申付候事。

bs2a01_003b.jpg bs2a01_003b.jpg bs2a01_003b.jpg bs2a01_003b.jpg bs2a01_003b.jpg bs2a01_003b.jpg
目次 
第五章 
第四章 
第三章 
第二章 
第一章 
bs2a01_003b.jpg
あとがき 
bs2a01_002.jpg
前ページ
 
 
bs2a01_002on.jpg
次ページ